『歯医者には歯が立たない』は、「歯医者嫌いの男が美人歯科医に恋をした結果、人生最大の恐怖と向き合うことになる」という設定を軸にしたラブコメディである。
タイトルから想像できる通り、歯医者への恐怖と恋愛感情が奇妙に絡み合い、終始コミカルな展開が続く。
主人公の田島健太(35)は筋金入りの病院嫌いだ。特に歯医者に対しては異常なほどの恐怖心を抱いており、「歯を削る音を聞くだけで寿命が縮む」が口癖。多少の痛みなら気合で我慢する主義で、歯ブラシを念入りに使うことで歯科受診から逃げ続けてきた。
しかしある日、長年放置していた虫歯が限界を迎える。激痛で眠れず、うどんすら噛めなくなり、ついには会社で失神。周囲に引きずられるようにして歯科医院へ向かうことになる。
震える足で診察室に入った健太の前に現れたのは、美人歯科医の白石玲奈だった。
知的で上品、しかも優しく患者に接する玲奈に、健太は一瞬で恋に落ちる。
診察中も「大丈夫ですよ」「怖くないですよ」と微笑みながら声をかけてくれる玲奈。
その笑顔を見るためだけに通院を決意する健太。治療の予約日が近づくたびに憂鬱だった人生が一変し、今では前日から服を選び、歯磨きを三十分もする始末である。
やがて健太は、歯科医院に通うこと自体を楽しみにするようになる。歯が治っても別の違和感を探して予約を入れようとし、ネットで「虫歯になりやすい食べ物」を検索しては誘惑と戦う。友人からは「恋愛の方向性がおかしい」と呆れられるが、本人は真剣だった。
ところが物語の中盤、健太は偶然、玲奈の意外な一面を知ることになる。
診療後、忘れ物を取りに戻った彼はスタッフルームから玲奈の声を聞く。
「今日の患者さん、麻酔が効いてるのに肩に力入りすぎ。ああいう人を見ると、ちょっとだけ長めにキュイーンってやりたくなるのよね」
続いて聞こえるスタッフたちの笑い声。
さらに別の日には、「怖がる患者さんの反応を見るのが好き」「口を開けたまま必死に抵抗できない顔が面白い」など、歯科医としては問題になりかねない発言まで耳にしてしまう。
玲奈は表向きこそ優しい理想の歯科医だったが、その実、患者の恐怖反応を密かに楽しむサディスティックな性格だったのである。
ここから映画はラブコメディとして大きく加速する。
玲奈を見ると胸が高鳴る。しかし診察台に座ると命の危険を感じる。
会いたい。でも削られたくない。
笑顔は好き。でも笑顔の直後に「はい、削りますね」が来る。
健太は恋心と恐怖心の板挟みになり、毎回診察室で壮絶な葛藤を繰り広げる。
特に中盤の名シーンでは、玲奈に「今日は神経ギリギリまで削りますね」と微笑まれた瞬間、健太の脳内で恋愛映画のBGMがホラー映画の効果音へ切り替わる演出が秀逸だ。
後半では健太が玲奈の本性を受け入れようと努力する姿が描かれる。心理学の本を読んだり、痛みに強くなるトレーニングを始めたり、ついには自宅で歯医者のドリル音を流しながら食事するという狂気じみた特訓まで行う。
一方の玲奈も、健太だけはなぜか気になる存在になっていく。逃げ出しそうになりながら毎回ちゃんと通院し、自分を見て目を輝かせる彼に少しずつ心を開いていくのだ。
クライマックスでは親知らずの抜歯という最大の試練が訪れる。
恋か、恐怖か。
健太は覚悟を決めて診察台へ座る。
「先生、僕はあなたが好きです!」
口を開けたまま告白するという前代未聞のシーンに診療室は騒然。
玲奈は一瞬驚くものの、「じゃあ動かないでくださいね」と返答し、そのまま抜歯を続行する。
悲鳴と告白が入り混じる中で手術は成功。数週間後、二人は正式に交際を始めるが、デート先が歯科器具展示会だったことが最後のオチとなる。
この映画の魅力は、恋愛映画の王道展開を徹底的に歯医者ネタで崩している点にある。普通なら「好きな人に会うために頑張る」という美しい構図になるはずが、会うたびに歯を削られるため主人公が全く幸せそうに見えない。観客は健太を応援したいのか逃げろと言いたいのか分からなくなり、その絶妙なバランスが笑いを生んでいる。
また、玲奈も単なる美人ヒロインではなく、善人なのか危険人物なのか最後まで判断に困るキャラクターとして描かれており、強烈な存在感を放っている。
全体としては、歯医者嫌いなら誰もが共感できる恐怖と、どうしようもない恋心を組み合わせた異色のラブコメディ。観終わったあとには思わず歯を磨きたくなるが、同時に歯医者の予約は少し先延ばしにしたくなる、不思議な後味を残す作品である。タイトル通り、主人公は最後まで歯医者には歯が立たなかった。だが恋には、なんとか食らいつくことができたのだった。






